こんにちは、橘です。
ボルダリングジムBolBolでは毎月ゲストセッターをお呼びしてホールド換えを行なっているのですが、今回は超大物ゲストセッターにお越しいただきました。
さっそくご登場いただきましょう。
小西 桂 選手です!!
もはや説明するまでもない、日本が誇る世界レベルのトップクライマーです。
藤井快選手や緒方良行選手といった名だたる一流クライマーを抑えてのアジア選手権優勝。
2020年のBJC(ボルダリングジャパンカップ)では、東京オリンピックに出場された楢崎智亜選手や原田海選手とともに決勝の舞台で戦い、日本代表に選出された傑物であります。
今回は、そんな小西選手をゲストセッターとしてお迎えしちゃいました!
そして、今回はセットだけでなく、小西選手にインタビューまでさせていただきました!
日本代表選手のクライミング遍歴から私生活に至るまであますことなくお尋ねして、その強さの秘密や今後の展望についてお伺いしてきましたので、その一部始終をみなさまもぜひご確認ください!
日本代表の軌跡
小西選手を語るうえで欠かせないのが、2020年BJCでの決勝進出。
この実績を買われて、小西選手は日本代表の座を勝ち取りました。
これを期に一気に知名度を高めた小西選手ですが、もちろん、その才覚はそれ以前から存分に発揮されていました。
そこで、まずは日本代表に選出されるまでの軌跡についてお伺いしていきます!
納得のいかない優勝
幼い頃からクライミングを始めていた小西選手。
そんな小西選手の小・中学生時代のクライミング遍歴から、まずはお尋ねしていきます。
なんでも、最初は木登り大好き少年で、それがクライミングを始めるきっかけになったそうですね?
めっちゃ調べてますね(笑)
もちろん、下調べはさせていただきました! 最初はぴなくる(現在はクライミングバム)さんに通われていたとか?
そうです。でも、ぴなくるはできて日の浅いジムだったので、しばらくするともっと本格的に練習したくなって、パンツーに行くようになりました。
「パンツー」とは「クライミングジムPUMP 2」。
神奈川県川崎市は中野島にある老舗ジムであり、日本代表選手もこぞって練習に訪れるリードクライミングのメッカです。
神奈川で小西選手の年代といえば天笠選手や土肥選手がいらっしゃいます。彼らとの出会いもその頃ですか?
2人とは小学生の頃にコンペで知り合いました。その後、ジムでも偶然会ってって感じですね。
やはり、ライバルとして意識しましたか?
うーん……、って言っても、ぼくだけ早生まれなんですよ。なんで、年齢区分が彼らより1つ下になるんですね。だから、ライバルって言っても闘えないことも多くて。
たしかに、13歳のときに初優勝を決めたJOC(※)ではそうでしたね。天笠選手・土肥選手は1つ上の年齢区分で闘っていました。
※ジュニアオリンピックカップ。
なんで、成績残しても心境としては微妙な感じでしたね。「勝てたけどみんないなかったしなぁ」みたいな。
なるほど……
なにやら、早くも小西選手の意識の高さに触れた気がしました。
優勝したのにもかかわらず、ライバル選手の不在を理由に今ひとつ満足できないとは、なにかしら超然としたものを感じます。
わかりやすい数字上の成果ではなく、もっと本質的な欲求の充足を求めているのでしょう。
お買い得な初段をSNSにアップして悦に浸るぼくとは大違いです。
小西選手を育んだ道場
13歳でJOC優勝を果たした後も、着実に国内外の大会でトップクラスの成績を収めていった小西選手。
そのキャリアは2019年から2020年に最高潮に達し、アジア選手権優勝やBJC第5位という輝かしい成績を相次いで残しました。
ここからは日本代表に選ばれるほどの成績を上げることができた秘訣についてお尋ねしていきます。
1つにはPUMPでのレッスンのおかげですね。
中学の頃から通い続けていたPUMP2ですね。
コーチはいろいろと変わったんですけど、そのなかでも樋口さんに教われたことは大きかったと思います。
樋口さんとは、樋口純裕選手。
小西選手同様、中学生の頃から世界レベルの大会で好成績を残し、2021年のワールドカップではなんと優勝までされたPUMP所属の超一流クライマーです。
もう1つの転機としては、どひけー(土肥選手)がそのとき教わっていたコーチを彼から紹介してもらったことですね。
新しいジムに行かれたんですか?
そうです。八王子のROCK BEANSっていうジムなんですけど、そこに行くようになってからフォームや動きをかなり意識するようになりました。
お名前だけは存じています。なにやら本格派なジムだとか。
まあ、奇抜なホールドとか、コーディネーション決めてワーワーとか、そういうのはまったくないとこですね。
インスタ映えを狙うところじゃないと?
まったく狙えないです。5級とか4級を完璧な姿勢で登れるようになるまでひたすら繰り返すような場所です。
本当に強くなるためのジムなんですね。
ぶっちゃけ、強くなりたいならみんな行ったほうが良いジムだと思ってます。
そうした修行が結実したのが、2019年のアジア選手権あたりという実感ですか?
そうですね。高校2年生あたりから通い続けて、動きが安定したのが大きかったと思います。
そして、2020年のBJCでは見事決勝に進出され、代表選手にも内定しましたね。
あのときは大学生になったのも大きかったですね。高校までは勉強が忙しかったんですけど、大学では適度に力を抜けるんで。
適度に(笑)
はい、適度に(笑)
なるほど、タイムマネジメントに融通が利くようになったのも追い風になったんですね。
かくして、日本代表に選ばれるまでの軌跡を一通りお伺いできました。
ところで。
ここまでお話をさせていただいて、小西選手はめちゃくちゃ気さくな方だと感じました。
話している内容自体は超ハイレベルなのですが、それをまったく感じさせないカジュアルな雰囲気とフランクな物言いで、とても親しみやすいキャラクターをしています。
最後のやりとりなんか、「今日のバイトはバックレようかなぁ」とか言っている大学生みたいなテンションで話してくれました。
が。
彼はまごうことなきアジア王者です。
小西選手の強さの秘訣には、この力の抜けた自然体な振る舞いが大いに関係ありそうです。
文武両道の私生活
小西選手といえば、勉学においても秀才であることで有名です。
クライマーとして自身の練習に励み、ジムスタッフとして子どもたちのコーチを務めると同時に、なんとあの国内屈指の名門・慶應義塾大学に席を置くエリート学生でもあります。
そんな小西選手の文武両道な私生活についてお尋ねすることで、物事で成果を上げるための共通点を探ってまいりましょう!
勉強 ・ 登攀 ・ 集中力
小西選手は高校から慶應義塾ですよね。
そうですね。クライミングの成績も評価してもらうかたちで入学しました。
小西選手ほどの実力者だとスポーツに専念しても良さそうなものですが、勉強も大切にしたんですね?
まあ、勉強は勉強で好きなんで。クライミングを中断して受験勉強に専念していた時期もありましたし。
最初からご自身の意志で勉強との両立を希望されたんですね。
そうなんですけど、ちょっと誤算があって、進級についてめっちゃ厳しかったんですよ。入るまで知らなかったんですけど、毎年1クラスから1,2人は平気で留年するような学校で。
それはかなりシビアですね。
まず、公欠が取れないんです。部活の公式試合だったらたしか取れたんですけど、クライミングはあくまで個人でやっていたのでダメでした。
じゃあ、ご自身で希望した以上に勉強もやることになったと。
はい。なんなら留年しそうだったんで、必死でした(笑)
そんな勉強に厳しい高校に通いながらでもコンペでは優秀な成績を収め続けています。勉強との両立の秘訣はなにか思い当たりますか?
んー……、強いて言うなら、集中力ですかね。
集中力ですか。
はい。ちゃんと切り替えられるから両立できるし、逆に、勉強やクライミングを通じて養った集中力がどちらをやるときにも利用できているという感じはしますね。
集中のコツってなにかありそうですか?
クライミングについては「呼吸」ですね。よく言われることですけど、深く呼吸するように意識してます。
なるほど、大事だって言いますね。
あとは、「音を消す」かな。
おお、なんか達人っぽい!
まあ感覚的なことなんで説明が難しいんですけど(笑) すごく変な言い方をするなら、「無関心になる」ってことです。
なるほど、無関心ですか。
自分がやろうとしていること以外に注意を払わないようにしていくという感じですね
なんだか静かなイメージですね。
メラメラする感じではないですね。対象に向かってぐっと迫るんじゃなく、むしろ引いて見て、まわりにある邪魔なものをどかしていくような感覚です。
気合いを入れ直すとかではなく、むしろ力を抜く的な?
ああ、そうです。余分な力を削っていく感じですね。
好奇心からスポーツ工学へ
大学に進学してからはスポーツ工学を専門とする研究室に所属されていますが、これは競技力の向上を意図した判断だったんですか?
どちらかというと、単純に好きだったからですね。もともと数学とか物理は好きだったんで、面白そうってことで入りました。
数学がお好きなんですね!
はい、わりと理屈が好きなので、しっかり考えていって問題が解ける感覚が楽しいですね
クライミングについても理論派なほうですか?
んー、どうだろう。特別ぼくが理論派ってことはない気がしますね。ある程度のレベルになると、みんな自分なりの理屈は持っているので。
なんか意外です。一流選手って、わりと感覚派な人が多い気がしていました。
表現方法の違いかなって思います。「重心がこっちにあるから回転するじゃん」みたいな話自体はわりとよくするんですけど、それを「支点に対して重心がここだからモーメント発生するじゃん」って表現するかどうかっていう。
なるほど、感覚か理論かという区別より、同じ現象を感覚的に説明するのか、科学的に説明するかっていう違いってことですね。
理解自体はみんな共有していて、ただその表現方法に力学の用語を使うかどうかっていうことですね。
ところで、いまはどういう研究をされているんですか?
指の使い方を研究しています。たとえば、ぼくは5本で保持するんですけど、どひけー(土肥選手)は3本なんです。そういう持ち方の違いが生まれる理由を調べています。
なかなか細かいところに着目されるんですね。
クライミングに関してはミクロに絞ったほうが研究しやすいんですよ。全体的な動きとかになると、ホールドの向きや形状が無数にあって、パラメータが膨大になっちゃうので。
それで、研究の進捗はいかがですか?
まだ調べ始めたばかりなんであんまりですが、これを研究していけばもっと合理的な保持力強化の方法論が提案できるんじゃないかなと思っています。
たしかに、保持力強化ってなにしていいかわからないですね……
いまは「とりあえずぶら下がっとけー」みたいな根性論的な考え方が主流なんですけど、「ここの筋肉のこの動かし方を鍛えれば良いよ」って言えるようになりたいですね。
こうしたお話のなかで、2つの重要なキーワードが見えてきたように思います。
その1つは、脱力。
お話をさせていただいていると、小西選手はとてもリラックスしていて、楽しそうに喋る方だということがわかります。
一般に、スポーツで成果を上げようとするとメラメラと気合いの入った精神状態になりやすいように思われますが、小西選手はむしろ真逆で、静かにぼんやりと集中力を高めます。
こうした脱力の姿勢は、スポーツのみならず、学問においても親和性が高いのでしょう。
そしてもう1つには、好奇心。
小西選手はよく笑う方で、「楽しそう」とか「面白そう」といった言葉を頻繁に使われます。
こうした純粋無垢なモチベーションが、多忙な生活のなかで着実に成果を上げるための原動力となっていることが窺えました。
そしてなにより、こうしたご自身の振る舞いについて小西選手は自覚的であるようです。
つまり、「上手くいくときの精神状態」というものをきちんと確立し、意識的にそこへと調整してことができるのだと感じられました。
クライマーとしての展望
小西選手のこれまでの歩みを踏まえて、ここからは今後のことについて伺っていきましょう。
まずは2020年のBJC以降の近況から伺っていきます。
幻のワールドカップと体調不良
2020年には日本代表にまで内定した小西選手ですが、その後の成績は低迷してしまっています。
ちょっと触れづらい話題にはなりますが……
まずは、ここ最近の成績不振の理由を思い切ってお尋ねしました。
最初のきっかけは、コロナでワールドカップが中止になっちゃったことですね。
そういえば、最初のパンデミックはまさに2020年のことでしたね。
それで暇になっちゃって、わりとヤケになって大学の面白そうな授業を片っ端から履修してみたんですね。
ヤケになってやることが勉強ってすごいですね。
そのせいで2021年のBJCは開催の1週間前まで課題提出に追われちゃって、完全にパンクしちゃいました(笑)
勤勉なんだか不真面目なんだかよくわからない話ですね。
で、2022年こそは頑張るぞーと思った矢先の7月に入院して、てんかんが発覚してっていう。
お話は存じていました。体調不良で苦しまれた1年だったそうで……
まあ、病気そのものより薬の副作用がやばかったですね。いちおう練習はしてたんですけど、全然調子が上がんなくて。
できるかぎり弱くならないようにするのがやっとみたいな?
そんな感じですね。しかも12月にはまた痙攣発作を起こしちゃって入院ってなって、大会どころじゃないなあって感じでしたね。
なかなか噛み合わない時期だったんですね……
いやもう、良い感じに噛み合いませんでしたね
”世界”に向けて再起動
現在はいかがですか?
いまはかなり良くなりましたね。薬を変えてもらって副作用もだいぶ抑えられましたし、4月からようやく本格的なトレーニングができるようになりました。
では、来年のBJCは期待しても良いんでしょうか?
今回はしっかり準備していこうと思います。やっぱりワールドカップは出たいんで。
その後の展望としてはいかがでしょうか?
やっぱり、パリ(オリンピック)ですね。そこでクライミングはいったん一区切りだと思います。
まずは2024年まで頑張ってみて、その先はそれまでの結果を見て決めていくという感じでしょうか?
そうなりますね。なので、いまは(大学)院への進学を目指しています。学生の身分のほうがクライミングに集中できるんで。
学生なら適度に力を抜けれますからね!
まあそういうことですね(笑)
では、まずは来年のBJC決勝でふたたび小西選手の登りを見れるように応援しています!
ですね。お見せできるように頑張ります。
次回予告!
さて、今回の内容は以上となりますが、紙幅の都合により掲載できなかった話題がまだまだたくさん残っております。
そこで、小西選手インタビューの続編を5月21日に公開予定です!
合言葉は、「持たざる強さ」。
小西選手を支えるメンタルの秘密を、ぜひともチェックしてみてください!
さて。
最後に、小西選手が現在所属されているジムをご紹介します。
神奈川県横浜市にあるクライミングジムRISEです!
小西選手をはじめ、BJCレベルの猛者がごろごろ在籍している名門ジムです。
とはいえ、初心者用の課題やキッズウォールもあり、ご家族でも楽しめるアットホームなジムとなっております。
お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください!
また、冒頭でもご紹介しましたが、今回、小西選手がセットをしてくださった壁は2022年10月まで残っています。
日本代表が手掛けた課題にぜひとも挑戦しに来てください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
それでは、ガンバです!
提供:ボルダリングジムBolBol